ブログブルース

子育てブルースマン、ロンドン.のウェブログ

ウェイバックホームブルース 1

おはよう、そう言って私と彼は声を交わした。

会うのは久しぶりだった。

彼と出会ったのは5年前、渋谷のQというバーで、ロングアイランドアイスティーをぐでんぐでんで飲んでいる私の隣に座ったのが彼で、その時付き合っていた彼女と口論をしていた。彼は私のようなめんどくさい女が好きで、というかめんどくさい女に好かれる男なのだけれど、その彼女が結婚にするにあたっての具体的な目標を決めようと至極めんどくさいことを話し合おうとしていたことをよく覚えている。

男というものはロマンちっくに自分主導で事を進めたいものだし、社会もまた女性もそう願っているというのが現実であるのだが、女性はこと結婚になると自己の抑制が効かず、時に暴走してしまうという例を今まで多々経験してきたが、この彼女は特別酷かった。

どうやら地元が同じで専門学校の同級生、バラバラに就職したため遠距離恋愛中で、半年ぶりに会ったらしい。

新幹線で結婚にかかるお金を計算してきたから説明するね、お互いにいくら貯まればできるよ、そのためには月いくら貯金していつ頃目標額に達成するからいつごろに。。。。。。。

それ以上はどうにか勘弁してあげてくれええと、私はロングアイランドアイスティーをゴクリと飲み込んだ、彼ももううんざりといった顔をしていたが、彼女の暴走は止まりそうも無かった。

しばらくして彼女がトイレに立った時、彼がソルティードッグのおかわりを注文し、ハッカ入りのタバコを一生懸命急吸う様が可哀想に思い、大変ですねと声をかけてしまったのが彼と喋った最初の会話だった。

『本当に辛いんですよ』とあの頃から変わらず敬語で話す彼は追い詰められた子犬のようだった。2人が退店するまで私は隣で聞き耳を立てていたのだが、どうやら彼女は俗に言うブラック企業で働いており、持ち前の能力の高さと辛抱強さで普通ならとっくに辞めてしまうのだが持ちこたえてしまっている。と言うのが現状のようで、追い打ちで結婚資金を貯めるために辛い仕事にも耐えられるよという愛情の押し売りであった。しかし体はボロボロのようで、暗い店内でも分かるほど肌が荒れていた。

しばらくし、彼はお酒の力を借りて良心の呵責を押さえ込み、堪忍袋の尾を引きちぎり、まだ結婚はしたくない旨を彼女に伝えた。私は興奮した。

すると、彼女の今まで愛する人に対するとろりとした喋り方が急に敵意に満ちて彼を攻撃し始めた、彼も彼女も結婚について明確な答えがないまま、また、意見の相違があるまま話を進めてしまったためこのような悲劇が起きてしまったのだが、帰り際のしょんぼりとした彼の後ろ姿は今も覚えている。

ああそうか、遠距離恋愛ってことは、あの戦争状態で2人は同じ家に帰らないといけないのかと私は彼を心底不憫に思った。